私の独り事 2003年
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今日から、“私の独り言”を始めよう。言いたいこと、思ったこと、人と会ったこと、話したことなど書いてみよう。市政については時々辛口になるかもしれないけど、ごめんなさい。私の事だけでなく、家族のこと、御友達の事なども知って貰おうと思います。

“私の独り言”を読んの感想、皆さんの暮らしのこと、何でもメールして下さい。すぐにはお返事できないかも知れないけれど、全部に目を通します。
私のメールアドレスは
kumiko@takahashi.comです。たくさんのメール待っています

6月 私の独り事
6月30日(月) 今日は朝狭山市駅東口で街頭演説をした。いろいろ話をしたが、これから狭山市の市長になられる方への願望を話した。まず、合併は住民、市民の考えをよくよく聴いた上で推進してほしい事。次に西口再開発は規模の縮小はあっても必ず開始してほしい事。30人程度学級を実現してほしい事。行財政改革に真摯に取り組んでほしいこと。

その後、図書ボランティアに行った。時間が足らなかったが、図書室に行くだけでも楽しいのだ。事務所へ行き、事務仕事。人と会談。電話で話し。結局市長選挙の話になるが、誰が出るやら全くわからない。どうなるんだろうか。いろんな人がいろんなことを言うが、はっきり言って立候補しようと言う人がいるのかなあ。私は全く蚊帳の外だから、誰が何をしているのかぜんぜん分からない。ただただ、今後どうなるのか、気になっている。
6月29日(日)
5900カウント
昨日から今日の夜まで別荘にいた。梅雨の時期は草刈が大変です。今年は異常で、毛虫の大発生です。唐松が木のてっぺんまで毛虫に食べられていました。私のうちのりんごの木も杏の木も可愛そうに裸の状態です。毛虫は私の大好きなブルーベリーにまで登って葉を食べていました。私はあまり農薬を使わないのですが、怒ってスミチオンを1000倍に薄めて木々に掛けました。効果があると良いのだけど。皐月の可愛い苗をこの前植えたのに、その若葉まで食い散らす、にっくき毛虫ども。今年は、鳥が少ないのかなあ。どうしてあんなに毛虫がいるのだろう。気持ち悪いです。何か変な事がおきています。

夜汗まみれだったので、浅科村のほのかの湯に行ってからかえって来ました。少しぬるかったのですが、温泉なので体は温まっています。気分転換のつもりでしたが、まったく毛虫のために散歩も気持ち悪くてできませんでした。どこから、毛虫が落ちてくるのか分からないのですからね。靴下にくっついていた時は気持ち悪くて、ぎゃ〜〜と叫んでしまいました。毛虫がズボンの中に入ったとしたらどんなに気持ちが悪いか想像できない。それを思えば、私がぎゃ〜〜〜と叫んだのをご理解いただけると思います。こういうときに、うちの夫はちゃんと助けに来てソックスを引っ張り下ろして、毛虫退治してくれました。持つべきものは、夫です。

みなさん。私は夫には感謝し、愛している事ををご理解ください。ただ、よい妻を見ると・・・・・・・
6月27日(金) 今日は、朝15分ほど駅前で街頭演説をした。その後、東久留米のクリスチャンアカデミーで、三浦光世さん(三浦綾子さんの夫)の講演会を聞きにいった。クリスチャンのあつまりであった。80歳になると言う方なのにお若く見えた。楽しくお話を聞いた。もっとクリスチャンらしいお話かと思ったら、そうではなかった。氷点で三浦綾子さんの賞金1000万円の内、450万円分が税金で引かれたと聞いて驚いた。そして、神と富とは1字違いだが大きな違いがあり、二つには仕えられないということで、全額を人や教会に上げたという話を聞いた。さらっとおっしゃられた。自分を高くはなさらないし、謙遜な方である。偉ぶったり、聖人ぶったりなさらない。

お昼になって、食事をして帰ってきた。何もすることはないのだが、ちょっと議会に寄って、おしゃべりをした後に戻ってきた。久しぶりにゆっくり家で娯楽の本を読んだ。原稿を書くのもちょっと飽きてきている。

今日の御言葉は思い煩うなと言う事であったが、今私は目いっぱい思い煩っている。今日の天気のようにすっきりした気分になりたいと思うのだが。

ところで、苦情が来た。掃き溜めに鶴ではないでしょう。もし鶴があなただとしたら、違うのではないのと言うものであった。まあ、足の太さと長さはつると言えないかもしれないかなあ。でも、くちばしの長さを見てみると共通点もある?また、良い妻がほしいと言う点は、良い夫がいるので満足しろと言うものであった。まあ、確かに私はよい夫には恵まれている。この上、良い妻までと言うのはないものねだりも良い所だ。分かっちゃいるのだが、でも、ほしいなあ。あなただって、良い妻にあこがれているんじゃないの、Yさん。(多少、業務連絡っぽいね。)
6月26日(木) 今日は、朝、子供と一緒に親子見学会に行くので狭山市駅に行った。その前に30分ほど演説をした。晴れていて良かった。その後、中新田自立スクエア、今福授産所、松本醤油、と見学をして、菓子屋横丁で子供に買い物をさせて帰ってきた。7時に家を出て、帰ってきたのは4時。それから、事務所に行って、印刷したものを2つ折にし、ポスティングしてもらうように、配達した。7時からは四葉でふれあい広場の交流会。初めて出席した。

交流会の後、リサ連でご一緒した友人とコーヒーを飲みながら話した。話を聞いてもらったのかもしれない。私が議会にいる必要があるかと聞くと、問題を探し出し、自分の考えで整理し、発言する議員が本当に必要だと言われた。少し、また、頑張ってみようかという気になった。議会の状況を見ていると、時にはさじを投げたくなったり、嫌気でいっぱいになる時が往々にあって、どうせその状態は変わる事がないと思う。

掃き溜めに鶴と言う事があるが、私はもうじきここで窒息してしまうのではないか。こんな時、やはり市民からの励ましによって、私も蘇生するのだ。謙虚な思いを新たにするのだ。とにかく、くよくよしても仕方がないよね。
6月25日(水) 今日は、朝、教育委員会の傍聴に行こうと思っていたが、やはり議会レポートを印刷するほうが大切と、事務所に行った。事務員さんもいたし、少し話もしたかった。午後は、2時半過ぎまで印刷をしていて、急いで郵便局にお金を振り込みに行き、山崎滋夫さんがお元気だと言う話を、大島さんからお聞きしていたのでご挨拶に出かけた。選挙の前に、伺って以来久しぶりにお会いした。顔の艶も良くなったし、白内障を治したので私が良く見えるといっていた。「きれいでしょう。」とわたしがいうと、よく見えすぎて、しわもしみも見えるような事を返事していた。まあ、減らず口をたたくところを見ると、元気になられたと思って嬉しかった。

山崎さんの議員生活32年終わりの日が私が筋を通したばっかりに、朝5時までになった。体の具合が悪いのに、途中で帰ることなく、老体に鞭打って徹夜をなさった。寒くて、コートを羽織っていただいたのだが、それでも、その後入院などと聞くと申し訳なかったと思った。あの時、町田市長も無理をしたのかなあ。議会終了後、山崎さんに町田さんが「お体を大切に」などと声をかけていらっしゃったのを思い出す。先に、市長の方が幽明境を異にしてしまった。世の中は無常だ。

市長選挙のことなども少し話した。誰が出るのか。狐というか狸と言うか、何を考えていられるか分からないが、いろいろな意味で勉強になる。彼が現職のときは、家に伺った事もなかったが、山崎さんが仕事をやめられて以来、なんだか時々顔を見に行きたくなる。政治の話をすると生き生きしてくるところを見ると、山崎さんもまだまだお元気で、現役ですね。奥様がまたきれいで、良い政治家の妻で、私もああいう妻を持ちたい!!
6月24日(火) 今日は、議会の最終日だった。もう、本当にこの議会はおかしい。私からしてみれば、筋も論理も正義もどこかに消えてしまったと言う感じだ。今回は国旗を議場に掲揚してほしいと言う請願を議運で不採択にした。ところが議場で議員からこれを趣旨採択にする動議がだされ、採決の結果、趣旨採択となった。この趣旨採択は賛成多数で決まった事なのだが、紹介議員全員が趣旨採択に賛成した。これでは、何のために議会をしているか分からない。そもそも趣旨採択の意味だって不明瞭だ。紹介議員は採択以外には採決できないはずではないか。節操と言う言葉の意味をかみ締めなければならない。

この趣旨採択賛成議員の中に連合の方もいた。連合のスタンスが良く分からない。また、議会運営委員会で採択に賛成しなかった議員、不採択を支持した議員がどうして本議会で趣旨採択に賛成できるのか、その辺が私には不誠実に思われて仕方なかった。筋を通すとか、自分の考えを貫くとか言うのではなく、全体の中で身を処すという議員が多いのが、時々いやになってしまう。あるところまで行くと、自分の論理も倫理もストップして、回りを見始めるのだ。周りには市民はいず、市議会議員の先生たちというわけで、なんだかボスの顔色を見ているようにも思える。

3月議会で朝5時半までした事はなんだったのか。私が身を挺して、議会に警鐘を鳴らしたのはなんだったのか。こんな議会をしていると、議論そのものも空しくなっていく。
6月23日(月) 今日は、朝から議会レポートを作っていた。明日で議会も終わる。今日は、10時過ぎから雨が降り始めた。告別式の日、また、その時間に雨が降り始めた。告別式には出なかった。行こうとは思う気持ちもあったのだが、昨日の事が頭から離れなかった。潤ちゃんを悼むなんて気持ちに、あのお寺の多くの人にもまれながらなるかなあと思った。私は私なりに市長を思って寂しく悲しんでいる。義理なら昨夜果たしたように思う。もう、変な義理立てをせず、市長の死を悼みたいと思う。

うんざりする人生。飽きてしまった時間。黙って皆はどうしているのだろう。人生の目的は神様に喜ばれる事。迷いながら、今日を生きている。つらいなあ。明日は議会最終日だ。9月議会が終わるまで市長が持たないとは誰が思っただろうか。人生を考えてしまう、今週です。
6月22日(日)
5800カウント
今日は、朝からとても悲しい思いでいた。礼拝に通う道で、思い起こしていた。市長は小さい時から教会学校に通い、洗礼をアメリカで受け、クリスチャンだと言い、朝祈会に出ていらっしゃったりもなさる事もありました。先代の町田さんの様態が悪い時には、私たちのいのちの樹教会に出かけていらっしゃって,お祈りをお願いしますと、牧師を病室にまで呼んで祈ったりもした人です。私たちは、市長は立場上どの教会にも属してはいらっしゃらなかったけれど、クリスチャンとして考えていました。だからこそ、私は彼にはっきりと物を申していたし、私の投げた球の意味も彼には分かっていたと思うのです。相手がどんなクリスチャンであろうとも、私は先輩クリスチャンの胸を借りていたという思いだったのです。

その彼が結局、仏教式のお葬式で送られていくのです。通夜に行きましたが、私もなじみのある、金剛院の住職様がお経を唱えられておいででした。葬式ですら、個人の思いや信仰を尊重される事なく行われる。もちろん、キリスト教ではお葬式は亡くなった方のために行うのではなく、亡くした方の慰めのために行うものですから、仏教のやり方でやられようともそれはそれでよいともいえるのですが。

でも、町田さんはベッドの中でイエス様ときっと対話していただろうなと想像するのです。そして、静かに天使のお迎えを受けて、天国に逝かれた。そんな思いをもって通夜に臨むと、花の中から見えた町田市長の写真がなんだか政治に利用されているような感じがして、可愛そうに思われました。最後の最期まで結局彼は政治に携わっているしかないのです。いや、たとえ死んでも、なお。

私は決して彼と親しくはお付き合いいたしませんでしたが、この度の町田さんの死は悲しくて寂しい。幾重の意味で。でも、最期は天使のお迎えで静かに、つらい時なくと思うと、神様のご加護があったのだとおもうのです。その意味でイエス様の哀れみに感謝します。アーメン。
6月21日(土)

町田潤一狭山市長の死去を悼む。

  私は、この4年間、市議会の中で一番多く町田市長に物申してきた議員です。時には、とても煙たがられもしました。交際費や公務日誌をHPで公開するようになったのも私の質問がきっかけでした。(町田市長が「高橋を何とかしてくれ」と言ったとか言わないとか。)

  煙たがられはしましたが、実は町田市長には私の提案をよく聞き入れていただきました。笹井学童保育室が昨年開室しましたが、これも私の始めての一般質問で「6畳と4畳半に25人の児童が保育されているのを解消してほしい」とお願いした事がきっかけでした。事実、私の“子育て関係や環境の提案”はとても多く実現しています。

  現職のままで亡くなられました。ベッドに臥して最後の最期まで市政を思っていただろうと考えると胸が詰まります。6月議会の議案の採決が決まった事を助役の報告で知ってほっとして逝ってしまったのでしょうか。今はもう、痛みも苦しみも心配事もありません。市長はクリスチャンでした。イエス様のいる天国でまたいつかお会いしたいと思っています。

その時まで、さようなら。潤ちゃん。

6月20日(金) 今日は朝ファックスを見て声がなかった。町田さんがなくなったからである。本当に急な事で。実は私たち議会の者はもう役所にこれないのではないかと心配していた。よくなったという話をぜんぜん聞かなかったからである。でも、こんなに早く行ってしまうとも思ってはいなかった。

これから市長候補が誰になるか、やかましいことであろう。どんな人が適当かを考えてみると、よく分からない。信念のある人?理想のある人?お金のある人?組織のある人?誰が、どんな人が選挙に勝てるのだろうか。

とりあえず、静観する。すごいどろどろの人間関係、政治の中にいると、普通の人が見えないものまで見えてくる。いやだなあと思いながらも、その魅力にひきつけられてしまう。これが政治の魔力と言われるものかもしれない。私は、議会の人とあまり水が合わないが、どういうことか政治的直感がいやというほど働く。怖いなあ。少なくとも静観静観。じっくり静観。
6月19日(木) 今日は午前中、建設委員会の審査をまとめるために議会事務局に行った。私は、すべて事務局がしているのかと思ったら、狭山市の建設委員会の場合(他の委員会の事は知らない)正副委員長が半分づつ分けてまとめをするのだそうだ。それで、私は8ページ分の審査を2ページ半にまとめた。論旨がはっきり分かればよいということである。少し、切りすぎたかなあ。自分で読んでみても、議場で読み上げるとまた感じが違うので、初めての経験でもあり心配している。3時までかかった。

午後、役所のいろいろな部署によって、その後買い物して帰ってきたらもう6時。その上、娘に自転車を買ってやって、ついでにお花の鉢植えの苗を買って帰ってきたら、7時。ご飯を食べ終わりゆっくりしたら、9時になっていた。もう、原稿書く気力が残っていない。明日は合併資料の勉強を企画課の人に教わりながらする。

ところで、また独り言へのお返事の続きが来たので掲載します。

  視察の効果追加、視察者全員がその実態を(よいにつけ、悪いにつけ)認識できること。  
  知識のある人―(視察・資料取り寄せ等をした者だけでなく)いくら言っても解ってもらえない所を実証する  ことができる。また改めて自分のよさも発見できます。

視察は本当に勉強になり、その勉強したもので市民に返していく事ができます。

市民の方からは

  このところ、議会の質問者の名前が出ていないようですが、意図があるのでしょうか
  どの議員がどの観点で質問したか興味があったのですけど。
  視察のこと。費用弁償のこと。久美子さんのような意気込み、取り組みの姿勢ならば当然と思います。
  実際見ないで判断することや批判することはおかしいと思いますね。
  でも、はじめての場で若い議員も張り切るのかな。

と言うようなメールもきました。一部を抜粋しましたが、なんか打てば響くような返事が次々に来ると、少しずつつらい気持ちが癒されていくような気がします。本当にありがとう。お返事できなくてごめんなさい。感謝しています。
6月18日(水)
5700カウント
今日は午前中議会レポートを書いた。午後は男女共同参画条例勉強会に行った。

私に昨日の独り言への返事がある村議さんから来た。

  私も、編集委員長として思うように行かずにおります。視察は大変大きな効果があ
  ります。(長年当村編集委員会ではやらずにいて、私の代で始めましたすごい改革、
  何としても印刷費半減しました。)報酬の減額そうだよね、高橋さんのようにふだん
  から一生懸命勉強していらっしゃる議員ならわかるけど、議会で立つだけの人では・
  ・・。費用弁償はズ〜と言い続けて来ました、が他の議員は先ずこれが当たり前と
  思っております話になりません。

と、私の考えを全面的に受け入れてくれています。思ってもメールをしない人が多いと思いますが、議員さんには、よく理解していただけると思っています。唯4月に当選した新人の議員さんは視察に行った事がないので私の言っていることが理解できないのでしょうね。そんな時は一度経験してから、物を申すべきだと思います。私ですら、何も言わずに視察に行ったものです。

上川あやさん(世田谷区議会議員)からもメールと言うかエールが着ました。これは私が性マイノリティーに関する一般質問をしたことに関してです。

  多くの当事者が地域社会で安心して暮してゆける環境
  づくりのためには、高橋さんの議会質問にもありまし
  た通り、地域行政での多面的な取組みが是非とも必要
  であると考えております。
  高橋さんには、ひきつづきこの問題に対するお力添え
  をお願いできればと考えております。

そのほか毎日たくさんメールをもらっています。返事が遅れていてごめんなさい。昨日、今日はいろいろ落ち込むことが多く、辛抱、忍耐と自分に言い聞かせながら生きております。
6月17日(火) 今日は、9時から建設委員会があった。始めに議案の市道の認定や廃止のところを視察に行った。私はこの点建設委員会の方針は大好きだ。文教厚生委員会では、議案のところでも視察に行かず、図面だけ見て済ますと言う事があった。たとえば、入間野学童保育室は私は図面で見てはよい施設に思えた。その後、一人で視察に行ってみると以外に小さく、これでよかったのかなあと思った。議案の段階で見ても、もう遅いんだよと言うかもしれないが、要望をはっきりさせる事もできるわけである。付帯決議をつける事は、狭山市議会はあまりしないが要望として執行部に考慮してもらう事も多いのだ。

今日は、議会便り委員会で少しショックだった。若いK議員から“経費節減のために視察をやめましょう”と言う発言があったからである。財政改革について、総務委員会に説明があったのだそうだが、それで財政改革待ったなし、経費節減。だから、議会も研修・視察をやめて経費を節減しようという発想らしい。あまりの論理の短絡に呆然とした。

私は税金を使って視察をすることは、議員の質を高め、その内容を市政に還元する、この場合市民に分かりやすい、必要な情報を伝える議会だよりができれば、すばらしい税金の使い道だと思っている。私個人としては、政務調査費もありがたく使わせていただき、一般質問などを通じて、狭山市をもっとよくするための糧としている。勉強、研修、視察なしに私は議員として議会活動ができない。市民のために、勉強・研修・視察をやめてはいけない。

今時、視察を物見遊山と同じように考えるものはいない。なぜ視察に行くかといえば、視察では資料の購読だけで分からない事が得られるからである。熱意、思い、香り、背景、姿勢、そんなものは中々資料の中には含まれないし、書いてもないことである。実際に行って見なければ分からないことは多いのだ。議会だよりにしても、それを通じてどのように市民と関わっているのかは紙面を比べてみる事だけで分かるだろうか。私たち議会だより委員会は編集上のノウハウだけを問題にするわけでない。どんな議会だよりを作り、どんな風に議会活動を市民につたえ、理解していただくかに心を砕くべきなのだ。個々に視察に行く事と違い、委員会視察は同じものを委員全員で見聞きする事により、議会としての方向性についてのコンセンサスを得やすい。この面が特に強調されるべきであろう。

視察費、総額20万円の経費削減をして財政の足しにと思うかもしれないが、私たち狭山市の議会活動がどのように市民のためになされ、それをもっと分かりやすくするための経費だとすれば、ここでの20万円(8人分)を節約する事がどんな意味を持ってくるだろう。問題意識を持って議会だよりを変えてから、すなわち4年前と今年の狭山市の紙面を比べて、今のほうが読みやすく、見やすい。これは不断の研修や視察のもたらした成果である。こういう研修・視察の成果を見れば、20万の経費削減よりも、今の課題の研修・視察に力を入れること、すなわちこういう風に税金を使う事の意義が見えてこようと言うものである。

節約するとしたら、議員報酬を10%カットしたり、費用弁償を全額なしにすることの方がずうっと効果的である。これによって、何千万円かの節約になる。私は教育は国の基と考える人間なので、勉強、研修、視察費の削減は一番最後に考えるべき課題に思えてならない。それを始めに考えるK議員の考えを理解できない。

この件に関して、読者の皆さんのご意見をお待ちします。
6月16日(月) 今日は午前中議会があった。一般質問の続き。その後、住宅協会の協議会と議会が開かれた。昼食も食べずに建設委員会協議会。終わって食事に行って食べ終わったら2時近くだった。

さてこれから勉強をと思ってかえってきたら、息子も帰ってきて、あれこれしているうちに夕食の時間。切干大根、餃子、小松菜のおひたし、キャベツとわかめのお味噌汁を作って食べた。手作りのお惣菜はおいしいなあと思うのだが、子供たちはそう思わないらしい。まったく作り甲斐がない。のこすなよ!ママがつくったのに。

今は子供に指示を飛ばしながら、これを書いている。幸せな幸せな時間。夫も出張から帰ってきた。親父の会で一緒の方に駅から家まで乗せていただいたそうである。よかったな、いろんな方とお友達になれて。本当に。幸せなときはそれを喜んで感謝してすごそうと思う。いろいろ心配事を少し胸に閉まって。
6月15日(日) 今日は午前中礼拝に行った。午後は婦人会やらおしゃべりをした。

図書館に行って参考書を返し、また借りた。今少し政治に関わったクリスチャンに興味を持っていて、ボンヘッファーについての本を2冊読んでいる。後からマーティン ルーサー キングとの比較をしてみようと思う。私はどうもボンヘッファー的気質を持っている。キング牧師のように市民活動家ではないし。クリスチャンとしてどんな信条にたってそれぞれが行動したのかをよく分析したい。

毎日本当に疲れてしまう。4時から始まった市民クリスマスの会議はなんと8時近くまでかかった。結論が出なかったのは本当に残念だが、話し合いの時間を持つ事は本当に大切だ。その中からコンセンサスを得ていけばよい。
6月14日(土) 今日はとてもとても疲れていて本当はずうっとベッドでうだうだしていたかった。でもそんなことは夢物語です。

朝はさすがにゆっくりしてその後カルフールへ。その後・・・・・・と忙しく過ごした。なんだいつもどおりね。そう。時間が経つにつれて、今まで2週間張り詰めていたものが消えていく。夜からはもう議会レポートを作り始めた。いつものような議会のある月の忙しさだ。その上、委員会のための仕事があるのでもっと忙しい。人任せにしてきた事を自分もするということである。人に仕えることならば、一生懸命しよう。いやなのは、懇親会だ。これがなければ、私はどんなに骨身を削ってもよいのだが。どうして男性は懇親会が好きなんだろう。ダイニングパーティをフランス料理でしませんかと言ったけど、誰も本気にしてくれなかった。飲み会よりも私はおいしいものを食べるほうがすきなのだけれど。
6月13日(金) 今日は、朝から緊張していた。私の一般質問の当日だったからである。驚くなかれ、議場はたくさんの傍聴者であふれていた。私の知っている人もとても多くいた。もちろん性同一性障害者のHさんも朝から来て傍聴していた。こんなに多くの人の中で一般質問をするのは初めてで一層緊張してしまった。

質問のことは今振り返りたくない。一生懸命勉強して、共感の気持ちをもって性同一性障害や性的マイノリティーについて語り、差別の解消をお願いした。選挙のこと、SARSの事、市民の方のために分かりやすく答弁してもらうようにしたのだ。選挙はともかく、SARSに対しては、備えあれば憂いなし、市は万全の体制を作った。市の職員にも言われたが、この質問をきっかけにSARS体制を確立し、必要なものを購入終えたそうだ。

質問にも命がある。今、するべき質問は今しなければならない。タイムリーに。アンテナを張り巡らせ、市民の気持ちをよく理解し、施策として実現できるような形で提言する。いつも言っていてマンネリだといわれるだろうが、市民の立場に立って糾すべきは糾し、質問すべきは質問し、提言するべき事はよく勉強しながら実現可能な提言をしていきたいと思う。将来のことを心配する必要はないが、将来を見据える必要はある。人々がどんな風に暮らしたら、狭山市民が幸せに生きられるか、そこがまず私の市民派議員としての基本です。

今日は本当にたくさんの方の傍聴ありがとうございました。感謝です。
6月12日(木) 今日は午前中に5人の一般質問を終えた。たくさんの傍聴者が来ていた。私は明日質問する予定だが、傍聴は性同一障害のHさんだけかもしれない。「狭山市にはそんな方いるんですか」なんて今日も言われたので、Hさんが来て聞いているだけでも、私の言う事に真実味が出ると思う。傍聴をお誘いするためにメールしたのだが、もしかして標本のように眺められるかもしれないといったら、「慣れているから平気よ」といっていた。水商売のカルーセル・マキさんのような人を思い起こしたらだめ。Hさんは普通の人である。

性的マイノリティーに関しては、一般質問が終わり次第、原稿をHPにアップしたいと思っている。

6月議会もこれで中盤。一日一日が長く重たい。今日は議会で一般質問中、大口を開けて寝ていた議員がいた。たとえ、面白くない質問であろうとも、ともかく人の発言を聞く姿勢が必要だと思う。自分が言いたい事をいえるのは他の人の言う事を聞く事を担保して行うべきだと私は思っている。朝から昼寝はないよね。
6月11日(水)
5600カウント
昨日は、じっと家にいて原稿を書いていた。集中が途切れたり、他の事を考えると私は一切原稿に戻れなくなる。だから、こもらずにいられない。一字を書き始めればたいてい書けるのだ。でも、その一字が出ない。今回も一応原稿を書き上げた。一次質問だ。私は今回だって、性同一性障害に関しては、自分で集められる情報を国会から一般図書にいたるまで、毎日読み続けた。SARSも選挙も頑張ったつもりだが、原稿になるとなんとも書ききれない思いがある。自分の知っている情報を全部使って書けば、よいのだが、それではレクチャーになってしまうしね。

今日は議会。午前中に終わったにもかかわらず、一般質問のための話し合いが会って午前中は終わった。午後からは、建設委員会の視察をどうするかでずうっとHPなどで検索をした。里山保全、自然を生かした河川の管理、市街地の整備計画など見るべきものはたくさんあるが、2泊3日の日程で見るのが大変である。2案作るのに5時ぐらいまでかかった。私としては、宝塚市の駅前開発、高知市の里山保全、四万十川にある中村市の河川の管理を見たいのだが、実際は宝塚市による時間はないであろう事から、こんな視察はできないことになる。残念ね。宝塚にいけないのならば、自分で視察に行かなければならない。

4時間も検索していると、全国で里山保全条例を作ったのが、高知市だけだとか、四万十川の自然は中村市の大きな財産になっていて大切に思っているなとか、都市基盤整備公団の仕事はだんだん少なくなっているのかなといか、河川、都市再開発、里山保全についてエキスパートになっているような錯覚を持ってしまうから怖い。それにしても施策に関するアンテナを高く掲げるような活動は大好きである。
6月9日(月) 朝、狭山市駅西口で街頭演説をした。いつものとおり。内容は、市長のこと、議会の事、一般質問のこと他。

9時過ぎから議会のはずが、10時過ぎまで開かず、代表者会でもめていたようだ。合併の検討会について。全員協議会があって後、議会。その後、建設委員会の協議会。議会だより協議会。建設委員長との会議。2時過ぎに昼食。選挙管理委員長たちとの会談。視察の資料集め。4時からの家庭訪問に15分遅れてしまった。家庭訪問が終わったのは6時近く。急いでご飯を作り食べはじめは7時半。お風呂に入ってから、原稿を書き始めよう。こんなに忙しいと、ろくに原稿に集中できない。私は書き始めるまでの助走が長いのに。

今回は短く短く書こうと思っている。でも、資料がもう山ほどあってどれを使っていいか分からない。昨晩も2冊本を読んだ。池田稔さんの“性同一性障害を越えて”は発生学的視点から性同一性障害の原因を究明していて本当に興味深く読んだ。男性器がY染色体からの分泌物で成長を始める。脳の性分化は器官ができた後に始まるので、そのときにホルモン分泌が正常に働かないと性認識と実際の身体器官にずれができるのだそうだ。そうかあと思った。これは自分でコントロールできない障害である。こうなった人は本当にこれを克服するのは大変だと思う。

ジャステンは車を買うのだそうだ。中古の大型車。マーキュリーのマーキーだそうだ。見てみたいね。
6月8日(日)
5555カウント
今日は朝のんびり寝ていた。昨夜、1字でも書こうと努力していたのだが、ファイルすら開けなかった。では夜中の1時過ぎまで何をしていたか。資料を読んだり、ウェブをサーフしたりである。

今日は礼拝に行き、仕事場に資料を探しに行き、グリ-ンハイツとヤオコー前で街頭演説をした。その後、家でずっと書く努力を重ねている。資料が一つ見つからない。それが引っかかっていて、書けないのだ。困ったなあ。明日はもう議会が始まると言うのに。あ〜〜〜〜〜
6月7日(土) 昨日はなんとまた1時過ぎまで起きていたので、6時半に息子の弁当を作るのは本当のことを言ってつらかった。午後2時に新都心にある With you saitama で彩ネットの会議があった。今回の選挙を振り返ってということだった。まあ、私も当選者として話をした。何を売りにしたのかということだが、選挙の中で確実に変わっていく事があった。選挙の中で自分をショウアップする必要があるし、自分を選挙民にさらけ出す必要がある。でも、その中で一番必要とされることは誠実な自分という事ではないかと思った。

私は自分が4年間で何を実現させたかを言ったが、そんな事より、私がどんな姿勢で政治をしているかということを選挙民に知ってもらう事が大切だったように思う。実際は、私が常日頃真面目に議員活動をしていることを多くの人が知っていてくれるとは思うけれど。誠実に真面目に下品にならず、やって行きたいということを皆に知ってもらう。選挙活動そのものも私はそれに徹した。究極の所、人の中身は人目にさらされればさらされるほど隠す事ができなくなるのではないかと思う。意欲を強い意思をもって自分を買っていただく、私自身を信任していただくのが選挙のように今は思えてならない。

そういう意味でも、当選してからとそれ以前と変わらないでもよいと言う私のような自然体での選挙は苦しくなくて嬉しい。
6月6日(金) 今日は朝からまたまた忙しかった。という書き出してやったことのみをとりあえず書くというのはいろいろな感想が寄せられます。皆さん、書いたことの間にあった事を逐一書いていない事をお含みください。もちろん、これは私からの情報公開ですから、私の都合のよいこと、情報を公開してよい事を公開しています。

高橋はしっかり勉強していないのではないかと言うメールが参りましたので、少し説明をいたしましょう。

性同一性障害については、昨年来、考えてまいりました。中学校の制服のことを一般質問した時点で言葉として説明しようかと考えておりましたが、時期が早いと思いやめていたものです。狭山市に関係のないと思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、狭山市でもカムアウトして大変な思いで生活している人もいます。実際はカムアウトできずにつらい思いをしている人も多いわけです。この事例を行政としてどのような施策展開ができるかを新座市で視察しました。

現在はかなりHPで情報が得られますので、かなりの情報を網羅しています。それを読むのに、コンピューターに何時間もかじりつきました。一部はダウンロードしております。ダウンロードの中身は議会議事録関係が新座市、和光市。また、議会を巡ることに関しては小金井市の情報もダウンローといたしました。そのほか、性同一性障害に関する一般的情報。セクシャルマイノリティー教員関係資料。性同一性障害自助グループに関してなど、多岐にわたっております。

また、狭山市には資料を請求しまして、かなり広範囲に申請書、証明書の書式に関しての調査も終わっております。教育委員会を通じ、制服に関して入学説明会の資料を入手しようとしています。性教育カリキュラムを勉強もしております。

へ〜、いつやったんだ。と思われるかもしれませんが、私の独り言の行間のところには、私のさまざまな活動が省かれているわけです。

選挙に関しても、SARSに関しても同じように膨大な資料を読み、調査をしながら一般質問に纏め上げていっているところです。聞きかじりのことを本を読んで頭で質問するというタイプの議員というか私ではないので、かなり体当たり的に勉強しながら、頑張っております。このごろ睡眠時間が5時間というのはそのせいでもあります。

と、あまり言い訳をしても仕方がないかもしれません。市長に関しても、議会が何とかせよというお叱りをいただきました。私の見解は自分の進退は自分が決めるものだという原則で人の進退について直接物を言う事をしないという立場に立っています。もし、そんな立場では甘っちょろいといわれるのでありましたら、市長をリコールをしてください。緊張感がないとのお叱りもありました。緊張感がありすぎるので、やらないでもよい事に手を出しています。あ〜〜〜〜。

でも、私のHPは本当にくだらない。読者の方にまじめな情報をもっと提供できればよいのですが、すいませんが、こんなものです。業務連絡は不真面目と思われても、させていただきたいと願っています。時々は。本人は超真面目にやっております。今後は会員の方へとか他の連絡にも使おうと思っています。
6月5日(木)
5500カウント
昨日、友達から電話がかかってきて要望書を出したいから形式を教えてという話だった。それで、今朝問題のところを視察しその後いくつかの要望書のパターンを示してきた。側面から私も応援しようと思った。道路のことは私の所属する委員会のことだから、何かできることだろう。

昨日はなんと2時近くまで起きて、ただただインターネットでサーフィンして(すなわち要旨を書かなかった)結局遊んでしまった。いつもの事だが、昨日は図書館に行って参考書と称したくさんの本を借りて帰ってきた。その本の分厚い1冊を読んでしまったが、それがどう参考になるか分からない。どうして、切羽詰ると本が読みたくなるのだろう。悪い習慣だ。

上野千鶴子さんのフェミニズムの観点を少しは理解したぞ〜〜。あまりにもレトリックが難解であったが。理解はしてもどのくらい共感できるかは分からない。私は自分をフェミニストとどうしても思えない。夫を愛し、子供を愛し、多少自分を犠牲にしても人のために尽くしたい。なんて思っている人がバリバリのフェミニストなんかになれないのよね。フェミニストからしてみれば私はとても軟弱ですよね。でも、それでもよいのよ。私はね。

今日はそんなこんなで眠い目をこすりながら7時半には家を出て、帰ってきたのは9時ころでした。その後、すこし家をかた付け(こんな事をし始めてお手伝いさんにはとても迷惑な事は分かっているが、議会が近づくと本職以外のことを突然し始める)、新聞を読み、いくつかたまった郵便を片付けているうちに、昼になってしまった。

午後はおねえちゃんをつれて、2種混合の予防注射を打ちに入間川病院にいった。その後、今度は眼科に連れて行った。眼科の待ち時間に、私はマルエツの前で街頭演説をした。市長のこと、議会のこと、議案の事などである。いつものごとく、議会前の街頭演説活動である。これからも続けようと思っている。

業務連絡:連絡ありがとう。要旨だけでも頑張ります。明日、12時半から3時半ごろまでは役所にいます。
6月4日(水) 今日は、朝事務所のミーティング。議会レポート、ネットワークニュースなどについて。誰がどこを分担するかをはっきりさせた。午後は、供託金をもらうために、選挙管理委員会に行き、その後法務局、りそな銀行に行った。帰ってきたら、もう4時過ぎ、障害福祉課によって話し込んだら、5時を過ぎた。でも、その後、議会事務局によって一般質問の人数を確認し、住宅営繕課によって帰ってきた。

私の一般質問は2日目、13日になりそうである。一週間後なのに原稿は一次も書いていない。質問要旨だけでも今日から取り掛かろう。

業務連絡:(教育委員会の方へ)話をしませんか。性同一性障害に関しての窓口はどこになるのでしょうか。総務?連絡をお待ちしています。SARSに関しては保健センターですか?これに関しても連絡をお待ちしております。それにしても要旨はまだですが。
6月3日(火) 今日は、朝銀行に入って教育資金を送ってきた。これで、今年いっぱいは大学で勉強できる予定だ。それでも、12月にはまた、来年分を送らなければならない。半端な金額でないので、大学生を持つ親は大変だ。その身にならないと分からないものだが、お金をどうしたらよいか常に考えていなければならない。家の場合、そんなに贅沢はしないのだが、アメリカ行きなどお金を使うときには、大金が水のように流れ出す。お姉ちゃんの夏の制服だって2万円以上かかった。困ったものだ。は〜〜

午後は全員協議会があった。さまざまな問題の中。また市長が6月31日まで入院するという診断書が出され、入院継続となった。7月には出てこれるかの質問したが、その事はまだ分からないということ。私はこの市長の責任感について疑問を感じる。2年の間、3ヶ月も休むことを2回も繰り返し、このたびは今の所、寝たきりの状態だそうだ。それでいて、市長として責任をまっとうできると考えているとしたら、私の理解を大幅に超えている。

合併の事務作業が進んでいる。今日は共産党から市長不在で事務を進めてよいのかという疑問が出された。古参議員からはもっと慎重に、もっと時間を掛けて討議しなければならないと苦言が呈された。市長はベッドの中で、進めてもよいといっているそうだ。市長は自らきちんと仕事ができないのに、そんな命令を出すのは無責任ではないか。合併の住民の意向アンケートをとるというが、今日見た限りのデーターの集積だけでどこと合併すると狭山市がどうなるのかと理解できる市民が何人いるのだろうか。未来へ対する街づくりの夢もなく、似たもの同士なので合併する、1タス1は2だなという考えでは、何のために狭山市が入間市と合併しなければならないか分からないではないか。

私は直江津と高田が合併して上越市を作ったのを目の当たりにみている。これは合併の成功例として本にも紹介されているような合併であった。1たす1は2というのではなく、2市合併して、新しい市を作り上げた。(それでも元直江津、元高田という意識は30年経ったって消えないけど)狭山入間の合併問題で、そんなビジョンがどこから、誰から出されているというのだ。

メリット、デメリットという話はある。福祉は高いほうへ、税金は安いほうへなどというのは実際できない相談なのだ。財政問題について言う人がいるが、日本全体から見れば狭山市なんて本当によいほうだと思う。実際、浦和大宮与野の合併で、合併に伴う支出は膨大となり、大宮の地盤沈下だけが言われている。広く、人口を多くすれば、議員の定数を少なくすればすばらしい街になるというのは、大きな幻想だ。地域内分権などという政令都市のたわごとを聞いていると、分権していた市が合併する意味すら疑ってしまう。きちんとしたビジョンの元で合併の基本を捕らえるべきだと私は思っている。
6月2日(月) 今日私は銀行に行って息子の教育資金を送ろうとした。その前に、ちょっとだけ役所に寄ろうと思ったのだが、結局2時まで役所にとどまってしまった。まず、企画課、次に議会事務局、その次が契約管財課、次に児童福祉課、急いで事務所に帰ってきたが、結局3時近かった。

議会事務局で一般質問の通告をした。性同一性障害、選挙、SARSの対策について聞こうと思っている。大体勉強はできれいる。よく分からないのは、SARS対策がどのように狭山市でなされているか、はたまたされていないのかという事である。始めの2点は市長がいない時にどんな答弁ができるのか不明だが、一応行っておく。

3点目のSARS対策は市長がいなくても、毅然と市民に不安を与えないように対処すべきことであり、きっちりとした答弁を要求していくつもりだ。“県に伺いながら”、などというのなら、市民の立場としてはまったく答弁にはならない。万が一患者が出たときに、県に伺いながらなどとは言っていられないはずだ。今から、想定して対応を準備するべきである。県での指針は出てきている。それとどう対応していくか、それをどう市民に知らしめるのかが大切である。マンション暮らしの友達が、香港の例を挙げてもし患者が出たときの不安を語ってくれたが、それだけではない。学校で、病院で、いたるところで感染の可能性が出てしまったら、どうするのか。

感染者が2次感染させない方策を県や保健所とどのようにしていくのか。その家族は?家族や患者の人権は?不安を増大させないためにも、やはり対応をきちんとしておく事だろうと思う。この問題の答弁は多岐の部にまたがるが、本質的には危機管理に入るのでどこかでの一元的な管理体制を作っておく事が必要だろうと思っている。私も何が提言できるか考える必要があるというものである。
6月1日(日) 昨夜日本に帰ってきた。疲れ果てて、9時過ぎにお風呂に入って眠ってしまった。今日おきたら、もう9時だった。爆睡。飛行機の中で眠られる人がいるのが不思議だ。昨日は、飛行機の中でうつらうつらはできたのだけど、睡眠というには程遠かった。何しろ、映画4本中、2本はしっかり見てしまった。デカプリオのcatch me if you can.もかかっていたけど、デカプリオ自体が好きでないので、このときはうつらうつら。機内で本も結局1冊読んでしまった。帰りの便は満席で本当に窮屈だった。いつかビジネスクラスで旅をゆっくり出きる身分になりたいなあ。

洗濯物は山盛り、スーツケースからは中を出して整理しなければならない。帰ってきたらすることがいっぱい。もう少し大きな家があったらなあと思う。何しろ、今はリビング、私の書斎ともスーツケースで占領されている。
明日から、もう議会のための準備を始めなければならない。議会は9日からである。

日曜礼拝をもちろんしっかり守った。いのちの樹教会で。牧師はじめ教会員もこのHPを見ているらしく、ジャステンのニュースはしっかり伝わっていた。コンピューターはグローバルである。

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